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1999年5月11日
しまった。昨日の日記は事実の半分でしかない。
マスター経験者が有利である、という意見は変わらない。しかしゲームの新人だって、実は有利なのだ。
というのも、新人には熱意がある。ベテランは知識と経験があるけれど、惰性で動いてしまう部分がある。コリン・ウィルソンはこれを「ロボット」と呼んだ。自転車などの運転を連想して欲しい。初めの内はヘタかもしれない。転ぶことだってあるだろう。しかし、運転することそのものが愉しくて仕方がないだろう。何しろ初めての経験ばかりなのだから。そして、愉しさ、感動は実力以上のものを引き出す。
もうひとつ。
私が昨日指摘した有利さとは、つまりゲーマー的発想にどの程度まで熟達しているかということなのだ。新人は、ゲーマー的発想に染まっていない。だからゲーマー的発想という物差しでは負けるかもしれない。
しかし、ゲーマーには有り得ない発想をすることができる。ベテランになればなるほど、ゲーマー的視点以外の行動は盲点となる。だから、出し抜くことができる。マスターを驚かせることができる。
ちなみに私をもっとも驚かせた新人は、那由他のときの黒山理髪店さんであった。ゲームにはまるで無知であったけれど、斬新な発想と素敵な気配りで私を圧倒した。
仕事は、本日も順調。つまりひがな一日、帳簿付け。適当に切り上げる。
秋葉原イエローサブマリンに寄る。中古ゲームブック、かなり揃っていた。社会思想社が多かったが、東京創元社のものもある。「ソーサリー!」が揃っていたので、友人のために確保。店員、在庫はこれだけと告げる。欲しがっている人には悪いことをしてしまったかもしれないな。
他にもいろいろあったが、しかしここの店員、素人だ。並べ方がなっていない。どうして「巨大コンピュータの謎」と「惑星不時着」を分けて置くのだ。ドルアーガと「ティーンズ・パンタクル」と「スーパーブラック・オニキス」は並べて置け。そして「ゼビウス」もくっつけろ。そうゆう意味では、あまり美しくない棚だった。あまりにひどいので、勝手に並べ替えてみる。
車中、つい「魔法使いの丘」をプレイ。あっさりクリア。これは簡単にできているのだったよな。二巻以降が難しいのだ。
富樫義博「HUNTER X HUNTER」5巻を読む。うーむ、5巻にして「重たい服」か。「重たい○○」でパワーアップというのは「リングにかけろ!」以来の伝統だな。で、飛影を連れ戻してふたりでカリン塔を登るのか。このあいだ久々に週刊少年ジャンプを読んだら、もう超神水を飲んでいた。こんなハイペースでパワーアップしたら、あとが続かなくなるぞ。いいのか?
「ドラゴン・オーケストラ」58号が届く。全28ページ。ただし投稿は4ページのみ。
8月より流しのネットマスター、ミハイル暁がPBMを開始の予定とのこと。ノストラダムスの大予言が外れた世界、人々のうちに「能力」を持つものが現れ始める……という内容らしい。愉しみである。
1999年5月12日
有限会社エルスウェアのホームページを閲覧していると、船アクション担当はDr.Aculaマスターともうひとり、とあった。
びっくりする。この人、まだこの世界にいたのか。しつこくいうが、夜桜忍法帖のとき就職活動で周回遅れリアクションを書いた人物だ。まあ基本的にはいい人なので、遅刻したりはしないだろう。だいたいペンネームを「ドラキュラ城の血闘」から採っている人だ。悪い人であるはずがない。……あ、重要アイテムの隠し場所が読めたぞ。誰か船持ちはいないか。1ターン目でいきなり獲得してしまわないか?
ピエール榊くんより指摘を受けた。これはマスター名をブランドとしているのではないか、と。
有限会社エルスウェアはマスターがベテラン揃いというのが売りのひとつになっている。これは経営戦略だろう。だからベテランでござい、と古いペンネームを使用することは、かまいはしない。ただし私のように意地悪な輩は、こうして古傷を突っつくのだけれど。
しかしこれが経営戦略を離れ、マスター名を本当にブランドとして固定ファンを作ることにつながるのであれば、極めて問題だ。
クラウン倉田マスターは偉大な人物であった。しかし彼はマスターとプレイヤーがアイドルとファンという関係に堕することを嫌い、ペンネームを変えた。本来ならば、私はこの態度を全面的に支持したい。エルスウェアの行動を許容しているのは、新興会社だからだ。しかし……エルスウェアとしては、実戦力と同時に客寄せパンダにもなる茗荷屋マスターを、ぜひとも引き込みたかっただろうなあ。
水無神智宏サブグランドマスターに土下座して謝る夢を見る。ご免なさい、水無神さん。デマに踊らされた私が悪かったのです。水無神さんの変名は、水上温泉だけですよね。
仕事をさくさく進める。調子はいい。これで書類さえ届けば……
早めに退社して、押野くんの家に向かう。ワープロで作成した文書をテキストデータにコンバートするのがうまくいっていないようなのだ。マクロを組んで簡略化できるならば手伝いたい。その程度のマクロなら、私にも作成できる。
途中、東武東上線で人身事故発生。死傷事故、とのアナウンスもあったが、詳細は不明だ。しかし15分で復旧。この迅速さ、JR東日本はぜひ見習うべきだ。
押野くんの家に到着。データをみせてもらう。……こりゃ、ダメだ。マクロで簡略化することすらできないややこしさだ。強引に段組してあるので、文字列が入り乱れてしまっている。少なくとも私には、難しすぎる。
ということで、作業を軽易にするためのソフトをいくつか紹介するに留める。
どうでもいい話をしばらくして、帰宅。
加賀野井秀一「20世紀言語学入門」を読もうとして、既読であることに気付く。こうゆうことも、ある。おもしろい本で再読してもよいのだが、今は必要ない。
椎名慎太郎「遺跡保存を考える」読了。「海賊王女の凱旋」エレネソスは遺跡の保存を名誉ある行為としている。ならば具体的に遺跡保存の方法論を知ろうと思ったのだが……別の意味で衝撃的な本であった。
こうゆうことだ。遺跡とは死んだ人間、あるいは未来の人間のためのもの。一方で土地は今、生きている人のもの。遺跡を保存するということは生きている人の生活を圧迫し、生きていない人を守るということだ。このバランスをどう採るのか。
今の日本では、生きている人へと天秤が傾いている。極めて大きく傾いている。だから無数の遺跡が、十分な調査をされないまま、あるいは存在を無視されて、破壊される。学術調査件数は横這いであるが、開発直前に行う緊急調査件数は92年現在で27,000件にも達している。この多くは、その後の開発で破壊される。そしてこの件数は、グラフによれば、上昇傾向にある。長屋王の住居すら破壊されたのだ。
なるほど、遺跡保存に偏重すれば、奈良や京都の開発はほとんど不可能になるだろう。あるいは、具体的な数字としてはいい加減なのものだが、こう喩えることもできる。遺跡保存のために消費税が10パーセントになったとして、貴方は耐えられるのか、と。
調査されぬことに苛立ち、私財をなげうって発掘すれば盗掘扱い。裁判に持ち込めば「原告適格なし」と棄却される。周囲の無理解。上層部からの圧力。なんとも、やりきれない。
ああ、エレネソスはパラダイスであるかな。
1999年5月13日
職場で、ちょいと気分を害することがあった。
私が以前に使用していたパソコンに、個人的に作成したテキストデータを保存しておいた。私自身のために作成したものであるので使い勝手については考慮していないが、使いこなせるのならば有益なものであるので、あえて消去せずに残した。
使えないから消去せよと、頭ごなしに命令された。
さすがに、腹立たしい。
何をいっても無駄なので、消去することにする。ふと画面をみると、アプリケーションの追加と削除画面が開かれていた。近頃は、テキストデータもアプリケーション扱いするようだ。
ちなみにこのパソコン、ペンティアム90メガヘルツ、メモリ40メガ、ハードディスクは700メガという代物である。私が事務に特化して使用するのなら、問題ない。しかしこれに最新アプリケーションを搭載したら、使いものにならないだろう。
私が頑なに古いアプリケーション──たとえばNetscape Navigator 3.02 を使い続けているのは、こうゆうパソコンを使っている人にも比較的快適に閲覧して欲しい、という願いがあるからだ(テキストメインにしては、重いページではあるけれど)。ブラウザそのものは、無償でダウンロードできるだろう。しかしダウンロードのためのアクセス費用はかかるのだし、メモリ等の資源をより多く必要とするようになることは間違いない。
また、常に最新のものへとバージョンアップすることに疲れた、というのもある。パソコンはパーソナルコンピュータであり、個人で使用するものだ。他人に迷惑をかけさえしなければ(ここが重要であり、それなりの知識を必要とするのだが)、自分が快適であればそれでよい。どうして今すでに快適なのに、バージョンアップなどしなければならないのか。新バージョンの方が使いやすい、などという保証は何もないというのに。
だいたい、バージョンアップすればいいからバグのあるまま出荷してよいなどと考えるのが間違っているのだ。しかもバージョンアップを有償にしようなどとは。欠陥品を売っていたということじゃないのか、消費者に謝罪するべきではないのか? なあ、ゲイツよ?
ムカムカしながら、帰宅。
ふと日経新聞の社説「春秋」を読む。機嫌を直す。
世界貿易機関(WTO)事務局長の座が空席で、世界各国でこれを虎視眈々と狙っていると説明したあと「▼こんな時、日本から急きょWTO事務局長候補を出してもいいはずだが、日本政府はそんなことは及びもつかないらしい」とある。
やった。誤用だ。「考えも及ばない」か「考えもつかない」と書くべきなのに、混同している。大新聞の、しかも社説の誤用。してやったり、という気分だ。
流しのネットマスター・ミハイル暁に依頼され、秋葉原イエローサブマリンに行く。ゲームブックのドルアーガ三部作を購入。【鈴木直人伝説】の朝日さんに「スーパー・ブラックオニキス」を頼まれたのだが、これはすでに売れていた。残るは「ゼビウス」「ドラゴンの目」「巨大コンピュータの謎」「惑星不時着」か。社会思想社の作品なら大量にあったのだが。
社会思想社作品には、AからEの辛口評価がつけられていた。それなりに納得できるものだった。
「ゲッターロボ・サーガ」5巻を読む。百鬼帝国との最終決戦が大幅に加筆、というか書き直されていた。今と昔の絵柄、まるで違うなあ。アトランティス文明が登場するのが、昔らしいといえば昔らしい。
「スカルマン」3巻。飛岡刑事が恰好いい。基本的にこの人物の視点で描かれている。しかしGALAXY WARSのラッパ飲みはマズいなあ。この酒、通常のカクテルの10倍は強いのだ。
1999年5月14日
仕事。〆切当日なので、きりきりと胃が痛む。
食欲がないのだが、食べなければ持たない。というわけで、冷やし中華を2杯注文。先輩に……いや、もう係長だからもっと敬意を表するべきだな。I係長に、無駄飯喰らいと笑われる。
ぎりぎりとはいえ、なんとか間に合う。まさにダイナマイトリレーだ。書類が届くのが遅れ、私が書類を完成させるのが遅れ(できる部分の作成はしていたのだが)、提出が遅れる。しかし爆発はしなくて、よかった。
遅刻だが、呉智英先生の以費塾に。今日は第9期の第2講だ。第1講はあっちもこっちもたまご大戦ファイナルイベントのため欠席だった。
すでに聞いた内容であるが、それにしても感動的だ。孔子という聖人の仮面を打ち砕き、俗説により見えなくなっている実像を示している。偉大な革命家の悲哀と、情熱を示してくださる。
今日は飲み会はなし。浅羽通明さんに料金を支払おうとしたところ、「あんた前からいただろ。いいよ」とのこと。ことばはぶっきらぼうだが、あたたかい。私もこうなりたいものだ。たぶん、なるのだろうな。
E.B.アンドレーエヴァ「失われた大陸」読了。アトランティス大陸に関する……トンデモ本。何がマズいって、岩波新書だということだ。初刷1963年の青版。登場人物が「アトランティス学者」とか「歴史家」などと実名が出されていないことから、トンデモ本と認定した。途中までは、アトランティス大陸がどのように考えられているのか調べた本ではないかと思っていたのだが。
まあ、プラトンの著作が10篇しか現存しないとか、ブラジルのジャングルを探検して吸血コウモリに襲われたとか、ひどい箇所は少なくなかったけれど。
プラトン「ソクラテスの弁明 クリトン」再読。アトランティスに関する記述はプラトン「クリティアス」「ティマイオス」にあるという。それにかかる前に、肩慣らしの意味での再読だ。法律を学ぶもの、哲学を学ぶものは必読の文献といえる。薄くてパッと読めるので、ぜひ読んで欲しい。ちなみに私は法律と哲学を勉強し、法哲学を専攻したので、何度も読み返した。
私は真善美について何も知らない。彼もまた何も知らないが、知っているつもりでいる。ならば何も知らないということを知っているだけ、私に知恵があるといえるのではないだろうか。ソクラテスはこのように考え、それを証明し続け……そして死刑にされた。この死刑を受け入れるさまが、実に感動的に描かれている。
しかし、イヤミだよなあ。邪気はないのだが。私が同じことをすれば、邪気があるだけに感動を呼びはしないだろう。
1999年5月15日
特に用事がなく、天気は悪い。ということで、神からストームブリンガーを捜すことを頼まれていたので、「エルリック!」を読む。
別に私の頭がおかしくなったのではなく、神というハンドルネームの変な人のがテーブルトークRPG「ストームブリンガー」を欲しがっているというだけのことだ。それにしてもこいつ、エルリックネタで編集部からの挑戦優秀賞を取ったのだから「ストームブリンガー」くらい寄越せ、と騒いでいた。だからとっくに購入したものと思っていたのだが、私の思い込みに過ぎなかったようだ。
「ゲーマーズ・フィールド」10号のホビージャパン在庫リストを見た限りでは、「ストームブリンガー」は品切れであるようだ。しかしRPGマガジン別冊「ロールプレイングゲーム・オールカタログ'95」には近似のゲームとして「エルリック!」が紹介されている。しばらく前、ゲームを買い漁ったときにこれも入手していた。積ン読にしていたので、この機会に読む。
内容紹介、省略。訳者あとがきを読んで大爆笑したというのがその理由だが、詳細については抜群に秘密だ。ただ、この世界は狭い、とだけ申し上げておこう。私だって保身を計りたい。
ピエール榊くんから映画日記が届く。ということで、慌ててアップロード。しかし(表記不能)くんも大変だねえ。私はいつでも見守っているよ。見守っているだけだけれど。
1999年5月16日
「新ゲッターロボ」6巻を観る。
総合評価、駄作。
この価格、この制作ペースなら、こんなものかもしれない。だからレンタルで観ている私には、あまり厳しいことをいう資格はないのかもしれない。しかし、駄作。全7巻の第6巻でこのテンションは低すぎる。動きがなさすぎる。
たしかに部分的に燃えるものはあった。ゲッターチェンジの際に座席が新コクピットに移動する場面は、グレンダイザーを彷彿とさせた(特に、無意味に座席が回転するあたりが)。また真ゲッターにゲッターチームが、ゲッターロボGに初代ゲッターチーム(開発チーム)が乗り込んで戦うというシチュエーションもいい。
しかし……個々の場面がどうこうというのではなく、全体としてのレベルが低い。早乙女博士の声優(麦人)がひとりで頑張ってテンションを上げようとしている。それが空転気味というのが、なんとも。
あと敷島博士には、もっと狂って欲しかったぞ。
「闘神都市」クリア。なるほど、「闘神都市II」はこの作品のテーマを質的にも量的にも深化させたということか。原型のおもしろさとでもいうものがあった。ただラスボス戦は、ちょっと苦労した。アイテムの買い出しに行ければ、もうちょっとは楽だったろうに。ストーリー的に仕方がないだけれど。
で、そのまま「ランス3」をちょっとプレイ。日記には書き忘れたが、「ランス1」「ランス2」もプレイしていたのだ。そのあたりの伏線が使われていて、ちょっとおもしろい。「ランス4」はプレイする予定はないが(おまけでついてないから)「鬼畜王ランス」はこのあたりの設定がしっかり活かされているというのがよく分かった。こりゃオールドファンも喜ぶわ。学ぶべきものが多い。
流しのネットマスター・ミハイル暁と新PBM「今日、オリーブの苗を植えよう」のシステムについて話し合う。シナリオについては話さない。今回は一プレイヤーとして純粋に愉しみたい。それに、まだこいつシナリオを煮詰めていないのだ。少なくともそう主張している。私にはどちらでもいいことだ。
システム、といってもマンチキン対策のことだけだ。マンチキンとは「元はルールを悪用して無茶苦茶する連中のことだが、転じて、ルールを読み込み、裏技的強さを研究すること、またはそうする人」(朱鷺田祐介。ただし田中としひさ「おこんないでね」より孫引き)と説明されている。
GURPSの系譜に連なるシステムだと(海賊王女もこれに含まれるのだが)弱点をつけることで限定的な場面では無敵のキャラクターを作成できる。水鉄砲の水は穴が小さければ小さいほど遠くまでよく飛ぶ、ということだ。私の覚えている中でもっともひどいマンチキンは「ファンタズム・アドベンチャー」だろう。人生の目標として魔法の使用と金儲けを選択し、満月の晩広い野原で踊り狂いながらでないと魔法を使えないキャラクターが宝石作成の魔法を使い続けると、あきれるほど金と経験値がもらえるのだ。
まあこんなもの、マスターが認めなければそれまでなのだが、PBMではマスターが直接プレイヤーを説得するということがしにくいので、マンチキン対策はしっかりとやっておかなければならない。
で、オリーブにおけるマンチキン対策。弱点をとっても無意味、というもの。いいね、この発想。それでも弱点をつけるのは、美意識の問題だ。
ちなみに私はマンチキンなキャラクターを考案することはあるが、使わない。考えるのはルールがパンクしていないか検証するためだ。使わないのは、マスターを困らせるだけではつまらないからだ。
ところで流しのネットマスターという呼称だが、これは流しのメイルゲームマスター・坂東入鹿に対抗して、我こそネットゲームの正統マスターだとの決意表明……ではないそうだ。残念。どうせならネットマスターJとでも名乗って、1PC当たり500円というイヤなリアリティのある料金を請求して欲しいところだけれど。
坂東入鹿といえば、しばしば「板東」と誤記されることがある。那由他のときに「坂」田金時の斧というアイテムを出した、と覚えるとよいかもしれない。ついでにそのアイテムを入手したプレイヤーは「坂本」さんだ。
「RPG福袋'94」を読む。基本的にお手軽ギャグRPGが詰まっているのだが、ルネッサンス歴史RPG「毒薬と短剣」は別。コンセプトは宮川健氏。おもしろそうなのだが、これだけ浮いているというのも事実。テーマがテーマだけにこれから勉強するための努力か、膨大な知識量が必要とされる。プレイヤーを選ぶゲームだ。少なくとも私にはプレイできない。誰かマスターやってくれないだろうか。でもって、懇切丁寧にレクチャーしてくれれば何もいうことはない。
個人的には「悪の秘密結社」を気に入った。「AGITO」はどうプレイしていいのかよく分からなかったのだが、これはよくわかる。できるならばライダーマンのようなキャラクターをプレイしたいところだ。
「カウボーイ・ビバップ」1・2巻を観る。一話完結のスペースオペラ。福原くんが賞賛し、押野くんがDVDを集めているほどであるから、詰まらないわけがない。
オープニングの印象は、全盛期のルパン3世。設定は火浦功「高飛びレイク」。全身の体液が吹き出て止まらない、といったタイプのおもしろさではない。しかし、実に素晴らしい。ああ、これは「ダーティペア」だ。懐かしいおもしろさを、今の感性と技術で創り出している。気に入った。またちょっとずつ、観ることにしよう。
1999年5月17日
帳簿付け。まあ、残務処理ということだ。特に問題なく終了。
まだ空が青いうちに帰る。こんなに嬉しいことはない、ぼくにはまだ帰れるところがあるんだ。つまり出勤先があって、仕事が楽だった、ということだ。これがどれだけ嬉しいか、つるぎなら分かってくれるよね。まあ季節の変わり目だけれど、気を確かに持って頑張ってくれ。
本人から了承が降りたので、以後(表記不能)くんはつるぎくんと表記する。つるぎ→けん→けんけん→表記不能な笑い方をする犬っころ(電脳なをさんより)、という連想なのだ。臑に傷持つ人なので、仮名にしておいた。
ふとAD&D(日本語版)が欲しくなり、新宿イエローサブマリンに行く。英語版しかなかった。ワシは英語は読めんのじゃい!
試しに英文を書いてみよう。海外からアクセスしている人もいるという噂なので(市民、噂は反逆です)ホームページの国際化という意味でもいいかもしれない。
Turugi is ponsu boy. He has a friend. His name is Pongayon. He is ponsu, too. They are the ponsest of all gamers.
うわあ、中学生並だ。あるいはマッスル日本レベル。ダメだ、こりゃ。
「ジェームス・ボンド007」とサプリメント「ゴールドフィンガー」発見。買わぬ阿呆に買う阿呆、同じ阿呆なら……買わなくていいや。合わせて八千円近い。「ロールプレイングゲーム・オールカタログ'95」によれば入手しやすさは星ひとつ。「ローズ・トゥ・ロード」並に入手困難となっている。しかし、なあ。いくつもあったし、今度のボーナスの使い道に困ったら買うかもしれない。
田中としひさ「おこんないでね」でいい味を出していたキャラクター桂令夫の訳書を数冊購入。ルーンクエスト関係だ。特に「ルーンクエスト'90s」についてはポンガヨンくんが勧めていた。イロモノのように見えるが、絶版サプリメントからのサルベージなどもなされているのだ、と。ルーンクエストに莫大な金をつぎ込んでいる彼がいうのだから、信頼してよいだろう。
ちなみに本人からの申請があったが、ポンガヨンくんはこのままポンガヨンと表記する。ナイス・ガイなのでガイスラッガー=氷河戦士と表記していたこともあるが、当人はこれを嫌ってガイキング=大空魔竜という表記を希望していた。しかしいくらなんでも王者は図々しい。そのうち韓国映画に「大空魔竜ポンガヨン」という作品があることが判明したので、以来ポンガヨンと呼ばれている。ポン、というまのぬけた音に、ガヨンという壊れたような音がかぶさって、何ともいえない味を出している。
「深夜三流俗悪アニメの逆襲!!」を読む。TRPG「深夜三流俗悪映画の襲来!!」のサプリメントだ。「RPG福袋」に通じるセンスといえる。「RPG福袋」のゲームを汎用システムにした感じ、とでもいったらいいだろうか。キャラクターは深夜三流俗悪アニメの俳優となり、どーでもいいシナリオをこなす。アニメネタをパクリ放題で、分かっている人がやれば最高におもしろそうだ。ちなみに「深夜三流俗悪映画の襲来!!」は未訳だったころに、田中としひさが全力で勧めていた。ああ、プレイしたい。プレイする相手が、欲しい!
「海賊王女の凱旋」会員情報登録用紙とキャラクター登録用紙記入。2枚ずつあるので手間がかかる。まあ、私は2キャラだからいい。30キャラも登録したとしたら、どうなってしまうのだろう。執事のセバスチャンが必要だな。
登録アクションはまだ煮詰めているところ。マスターの度肝を抜くようなアクションにしたい。などといっていると、実際に届いたアクションをみてマスターがションボリするのだろう。困ったものである。
批評と創作、ということについて考える。何度となく考えたことであり、先日もblackdog氏に指摘されたことなのだが……
評論などやっていたら、創作はできなくなる。何日も、何週も、何ヶ月もかけて完成した作品を、わずか一言で切り捨てられるのが評論だ。つまり、楽なのだ。この楽さに慣れてしまっては何も書けなくなる。夢枕獏は、だから評論ばかりの文芸サークルから逃げたという。また筒井康隆は偉大な作品「大いなる助走」で、評論することの罠について執拗に描いた。批評眼ばかり鋭くなければ自分の作品の駄目さ加減までいやというほど見えてしまい、今までバカにしていた作品にすら劣る自作に嫌気が差し、何も書けなくなる。
しかし、評論しかできないというコンプレックスを癒すために創作にかかるというのも、ある意味でバカにした話だ。「なら、お前やってみろ」という反論には、正直に「できない」と答えよう。悔しいが、事実だ。
1999年5月18日
だらだらと仕事。山を越えたので、今日は楽だ。そして次の小山は、明日まで来ない。谷間ってところだ。
I係長に物品の貸し出しをお願いする。I係長、いきなり
「やっだぴょ〜ん!」
といってアカンベーをした。……あの、もう少し係長としての威厳を持った方がよろしいのではないでしょうか。厳格にすればいくらでも厳格になる方だというのは分かっているのですが。
研修で二名がしばらく留守にすることになった。ということで、壮行会。つまり飲み会。
数名、もし今すぐ3億円手に入ったら、ということを話し合っていた。2億円は自宅購入や老後の資金にするとして、残る1億円でどう遊ぶか、というのだ。なんだか妙にリアリティがあって、いやだな。
しかし私も考えてみる。RPG図書館、PBM図書館、ゲームブック図書館などを設立したとしても1億円は使い切らないだろう。ならば、PBM会社を設立しよう。1,000万円で株式会社を設立できる。そしてマスタリング料金として1リアクション3,000円、1PC当たり300円、交通費・通信費完全支給を確立するのだ。……これはこれで、妙なリアリティがあっていやだな。
ポンガヨンくんに頼まれたので、今日もイエローサブマリンに行く。「ジェームス・ボンド007」とサプリメント「ゴールドフィンガー」購入。ギャンブルのルールが秀逸だそうなので確認したいとのこと。ついでなので、昨日買い忘れたゲームを購入。
三浦先輩に電話。「ストームブリンガー」についていろいろと伺う。気がつくとRPGの昔話になっている。
これも十年近く前のことだが、私は「ファンタズム・アドベンチャー」のマスタリングをいいつかった。一晩寝ずにシナリオを考えて、結局シナリオはできなかった。モノカンという特異すぎる世界で、どんな冒険をしろというのだ。マンティコアとケンタウロスとガス状生命体と目玉親父(宇宙人)がパーティを組む世界だぞ。
覚悟を決め、アドリブでマスタリングすることにした。やってみれば、なんとかなってしまうかもしれない。いざとなったら平謝りしよう。悲壮な決意で、私は学校に行った。そしてプレイヤーにキャラクターを作成するよう指示したのだが……誰も、キャラクターを作ることができなかった。虚しい勝利であった。
エルスウェアの波島想太マスターは「ファンタズム・アドベンチャー」をご存知ないらしい。シナリオ「霧雨の島」を見て、どうやらRPGのシナリオらしい、と述べていた。トロイ・クリスチャンセンの恐怖を知らないとは、「ファンタズム・アドベンチャー」「アドバンスト・ファンタズム・アドベンチャー」「マルチバース」の恐ろしさを知らないとは、幸せなことだ。
しかし「ファンタズム・アドベンチャー」のひどい世界観とシステムとか、「ビヨンド・ローズ・トゥ・ロード」初版の破れやすいファイルで笑える人ってのは、もはや少数派なのだろうか。
ついでなので「ビヨンド・ローズ・トゥ・ロード」の思い出話も書いておこう。
那由他開始直前のことだ。イベント会場に向かう列車で、私はとあるおじさんと同席した。ゲームの話から「ビヨンド・ローズ・トゥ・ロード」の話題になり、私は破れやすさ、索引の不備、プレイアビリティの低さについて力説した。雰囲気はいい。それは分かる。しかしそれにしても、もう少しプレイするものの立場に立った編集をしてほしかった。
おじさんは哀しそうな顔をして、そんなにひどかった? そこまでいうことはないんじゃない? と、私をなだめようとした。私はおじさんの内心を読みとるには、若すぎた。
おじさんと別れてから、私は彼が遊演体の社員であるということを知った。
1999年5月19日
「海賊王女の凱旋」スタートブックを読み返す。
相馬言葉のアクション、ほぼ確定。これまで考えていた方法だと「準備」「手段」「目的」の三段階を踏まなければならなかったが、この方法ならアクション内容の変更なしに「手段」「目的」の二段階に短縮できる。やはり熟考してみるものだ。ただしここに至ることができたのは、エルスウェアのイベントで植田マスターとお会いしたということが作用している。マスターとの接触は、補助線だ。それがあることで、答えを得ることが容易になる。シナリオ内容について話さなくても、だ。
一方でテレーゼ・ミュンヒハウゼンの行動は、まだ決定していない。エレネソスで調査を行うはずなのだが、初期情報が乏しすぎる。大胆な行動をするには、その裏付けとなる情報収集・分析が不可欠だ。しかし分析するだけのものが、ない。いや、初期情報により金城マスターが導こうとしている方向はある程度分かるのだが、それが私の方向と整合するのか見極めづらい。ということで、まだ迷っている。
仕事。午後になって、やっと山が来た。即座にとりかかる。
で、ミス発見。以前、指摘しておいたミスだ。修正されないまま放置されたらしい。再度、指摘。修正させようとする。しかし担当が替わっている。なんとかならないか、M係長から訊ねられる。なんともならない、と答える。
押し問答だ。第一係長を巻き込んで、議論する。いや、議論ではない。説得する。
「しかし……そこをなんとかならないかなあ」
そばで聞いていたM係長の奥様、即座に言い放つ。
「そんなの、できっこないよ!」
さすがは夫婦。ぴったりと息が……食い違っている。
結局データ入力終わらず、明日に持ち越し。
テーブルトーク「セブン=フォートレス クラシック」を読む。帯にはこうある。
「絶滅の危機に瀕しているTRPG。その前途は未だ辛く厳しい。だが我々は決して絶望はしない。我々にはまだ『セブン=フォートレス』が残っているからだ!」
この認識、一部は正しく一部は間違っている。いや、言葉遣いが間違っている。絶滅の危機に瀕している、というのは正しい。「未だ」というのは間違っている。「既に」だろう。「未だ」厳しかった時期を通り越し、この世の春を謳歌し、そして今の絶滅の危機なのだから。
「セブン=フォートレス」は第三世代のゲームなのだろう。システムと世界観が融合している。私は第一世代のゲームを好む。シンプルなシステムが好きなのだ。世界観はこちらで用意する。D&Dの渋さを愛する。
しかし「セブン=フォートレス」のリプレイ記事は、まだルールが発表されていないころに読んだ記憶があるのだが、滅茶苦茶におもしろかった。「RPGマガジン」がまだ「きくたけマガジン」だったころのことを、私は忘れない。今では資料が散逸してしまっているから、イブセマスジー(蟹光線)の衝撃を知る人は少ないのだろう。残念なことである。
ルールは派手で、視覚効果(といってよいだろう)が多用されている。要するにマンガやアニメを再現できる。受ける要素は満たしている。属性魔法のルールを読んでいて痛感した。
「でもママ、七つの属性マジックを操る日本人を知っているよ」
「まことかエレパンダ、我が息子よ」
「そいつの名前は、レインボーマンっていうんだ。空のマジック、幻のマジック、火のマジック、水のマジック、七つのマジックを使って死ね死ね団を苦しめる悪いヤツなんだ」
ふと「愛の戦士レインボーマン」を思い出してしまう。
どうでもいいのだが、レインボーマンというとおたふく教団の偽札ばらまきインフレ作戦ばかりが取り上げられる。あるいは死ね死ね団というエキセントリックな集団の表面的なおもろしさが紹介される。しかし私としては、エレパンダと魔女イグアナに注目したい。
魔女イグアナは、並ぶ者のない七人の殺し屋(というか、怪人)を連れてきた死ね死ね団の幹部で、息子のエレパンダをレインボーマン暗殺に差し向けた。ところがエレパンダはテレポートに失敗して池に落ち、電気を失って倒れてしまう。このときレインボーマンは「なんだ、こいつ」という表情を浮かべていた。まあ、そりゃそうだが。
充電して戦いを挑んだものの、エレパンダは戦死。ついに魔女イグアナは自ら戦いに赴く。しかし相討ち。傷を負ったイグアナは魔力の補給のため生き血を求める。そして(止せばいいのに)レインボーマンの妹の血を吸おうとするのだ。当然、レインボーマンはこれを阻止する。妹を求める抗争が続けられ、レインボーマンの舎弟であるヤッパの鉄は犬に変えられる。乾きのあまり鉄犬の血をすすろうとするイグアナ(みっともない)。これも阻止される。そして傷をいやせぬまま、最終決戦。
激しい戦いの末、魔女イグアナは倒れた。疲労のあまりヨガの眠りに陥るレインボーマン。眠りから覚めるまでの5時間はレインボーマンは完全に無防備となる。……と! イグアナはまだ生きていた。忍び寄るイグアナ。どうなる、レインボーマン!
盛り上がったところで「次回に続く」となった。
このピンチをどうやって切り抜けるのか、私はどきどきしながらビデオを観続けた。
冒頭ナレーション。
どうなる、レインボーマン! と、そこに朝日が。太陽の光を浴び、塵となる魔女イグアナ。魔女イグアナは死んだ。レインボーマンは、ついに勝ったのだ。
私は、ビデオを叩きつけようかと思った。
ちなみに魔女イグアナは人気キャラクターであった。しばらくして、魔女イグアナと何から何までそっくり同じ母親・ゴッドイグアナが登場するのであった。ゴッドイグアナの目的は魔女イグアナを蘇らせること。ちなみにエレパンダのことは、まるっきり忘れ去られていた。
「ファンタズム・アドベンチャー」について情報が寄せられた。つるぎくんの友人は、かつて毎日のようにこれをプレイしていたとのこと。ふーむ。「ゲームグラフィックス」誌でサポートしていたから、それをしっかり読んでいればプレイできたのかもしれない。しかし「毎日のように」ってのはすごいな。
また藤尾さんは「トロイ・クリスチャンセンの恐怖などまだまだ。エドワード・リプセットの恐怖に比べれば……かわいいもんでしょう」とのコメントをくださった。さすがに「スタークェスト」は知らないなあ。
1999年5月20日
ながいけん「神聖モテモテ王国」5巻を読む。心地よく脱力する。今夜はぐっすり眠れそうだ。丹後健康クラブ会長の丹後わし之丞だものなあ。
仕事、大変なことになる。というか、温厚な私もさすがに怒る。
「ヤマト、発進! ……艦長、動きません!」
「もう一度、点検せよ」
「すみません、連動スイッチがオフになっていました。ヤマト、発進! ……艦長、動きません!」
「もう一度、点検せよ」
「すみません、連動スイッチがオフになっていました。ヤマト、発進! ……艦長、動きません!」
「もう一度、点検せよ」
「すみません、連動スイッチがオフになっていました。ヤマト、発進! ……艦長、動きません!」
「もう一度、点検せよ」
「すみません、連動スイッチがオフに」(Zap! Zap! Zap!)
「Tさん、帰るんですか」
「このままでは自滅するだけだ。撤退する」
「しかしまだ八時前です。アルファー星の火の海に突っ込んでしまいます」
「ならば、波動砲で撃て」
「おいおい待てよ、それは待てよ。そうゆうことはやりたくてもね、抑えるのが事務員ってもなんだぞ」
ということで、まあ狂的ヤマト比喩による説明なので意味不明だろうが、すべての責任を押しつけることに決定。私が怒ったときどのようなことになるのか、よく教育しなければならないようだ。だからミスがあったことを指摘したというのに、それを訂正しないで放置するというのは何事ぞ。
俗に怒られているうちが花というが、相手はもはや係長クラス。どうして下っ端事務員が教育しなければならないというのか。もう、知らん。
「あっちもこっちもたまご大戦」ABブランチのクーフィ・リルクさんから物理メール。ブランチ限定リアクション集のお誘い。うーむ、どうするかなあ。おーい、ずっこけ三人組、お前らどうする?
「ハイパーT&Tルールブック」(第二版/角川書店)を読む。武器の両手持ちと戦士の防御力修正がだいぶ減少している。だから両手にブラジオン(棍棒)でフルフェイスヘルメット、というマンチキンな真似はできない。これだとふつうの強さしかない1レベル戦士でも、極めて安価で最強装備に準ずる攻撃・防御力を持たせることができるのだ。まあ、恰好悪いけれど。
ハイパーT&Tというと、シンプルなT&Tに余計なルールをごてごてつけたもの、という印象があったけれど、これならそれなりに遊べそうだ。
テンダイスソードが最強の武器であるかのように紹介されているが、T&Tソリテア「カザンの闘技場」にはブロンズ・ボドキンというインチキアイテムが登場する。これは千枚通しのようなものらしく、攻撃力はサイコロ66個。ちなみにグレートソードの攻撃力はサイコロ6個だ。……恰好悪いストームブリンガー?
「スタークェスト」について情報が入った。ありがとう、ポンガヨンくん。
このゲーム、10面ダイス3つで判定するそうだ。3D10ではなく、1D1,000。ステキすぎます。
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