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2000年6月11日
ミハイルくんに指摘される。山本弘『戦慄のミレニアム(下)』は啓蒙臭い、と。
啓蒙臭いのは昔からなので気にしなかったのだが、いわれればそうだ。どうして啓蒙臭いのかも、私なりに分析してある。
だって山本弘は高卒だから。
別に高卒の人を差別するつもりはない。私が心底尊敬する人物など、中卒だ。ただ山本弘の場合、それをコンプレックスに感じているということが問題なのだ。だから逆説的に高卒であることを公開し、著者紹介にわざわざ「洛陽工業高校卒業」などと書いたりする。
彼の書いたものを丹念に調べていくと、有名な「たかが東大」発言をはじめとして、学歴について触れた部分が異様に感情的であることに気付くだろう。ラエリアンから「あなたのような高学歴の人は」といわれたことに本気で腹を立て、今回は本気で腹を立てていると宣言の上で怒りを書き散らしたこともあった。勉強したければ学校に行くよりも家で本を読んでいた方がいい、という発言もあった。
頭はいいんだ。それは誰だって分かっている。ただ本人からすると、それを保証するものがない。つまり、大学卒業に代わる何かが欲しいのだろう。そんなものなくても、山本弘を見る目は変わりはしないのに。そして本人も、そのことに気付いているはずなのに。
でまあそのあたりの屈折が、啓蒙──自分の賢さや知識量の証明、という形で噴出してしまっているのだろう。
これ、本人に告げたら、本気で怒りだしそうだよなあ。でも私が気付いたということは他の人も分かっているはずだ。このあたりに、文章を発表するということの恐ろしさと、素晴らしさがある。
突如やって来た妹が「南の島のルーシー・メイ」の主題歌はどんなものであったか知りたい、という。どうやら「不思議の島のフローネ」と「南の虹のルーシー」が混じっているらしい。
私もエンディング・テーマしか覚えていないのだが、CDが出ていたはずなので探しておくと回答。どうして知りたいのかというと、同僚が探しているのだそうだ。
「微妙に世代差があって、それでアニメってのはどうしてもごまかせないの」
オタクになればいくらでもごまかせるのだが、リアルタイムで観ていたかどうかというのは大きい。
念のためにgooで検索をかけたら、ファンサイトがいくつも見付かった。濃いファンって、いくらでもいるのだなあ。私も「ペリーヌ物語」と「赤毛のアン」はDVDを買うことが確定しているほど好きだが、わざわざページを作るほどではない。
「狂気の方程式3 獣覚醒篇」スタートブック、ほぼ完成。予定通り発送できそうだ。まずは安心。
「スーパーロボット大戦α」エヴァ関連の作戦はすべてスーパーロボットに任せてしまう。使徒がジャイアントロボの全力パンチで叩きのめせる以上、辛気くさい連中に任せるなんてつまらない真似はしたくない。
2000年6月12日
「狂気の方程式3 獣覚醒篇」スタートブック完成。あとは印刷して発送、ということになる。
しかしレイアウト能力というか、規定文字数で文章を書く能力が衰えたことを痛感する。十年前なら、空白なしに文章を作成していただろうに。Webページにばかり文章を書いていると、このあたりの感覚がなくなってしまう。ふだんは困らないが、こうゆうときに困る。
精進せねばなあ。
「狗狼伝承〜放課後の旅人たち〜」スタートブックを読む。
おもしろそうじゃないか。時念度というルールがゲーム性を高めている。時念度というのはプレイヤーの判断で適宜変更できる数値で、1から9までの範囲を採る。時念度が低ければ半魚人を見ても「変わった潜水服だね」としか思わない。時念度が高ければ完璧に化け気配を消した怪物とすれ違っても「あの人、なんか魔物っぽかった」などと感じてしまう。時念度が違いすぎるとアイテムを使用できなかったり、NPCと親しくなれなかったりする。時念度が高すぎるとアイテム使用の副作用が起きやすくなる。低すぎると他のキャラクターに影響されてしまう。
要するに、葛藤を引き起こす状況を作りやすくする仕掛けだ。マスターにしてみれば、ゲーム性を容易に高められるシステムといえる。だからこのシステムが巧く機能するならば、「狗狼伝承〜放課後の旅人たち〜」の成功は決まったも同然だ。
……「海賊王女の凱旋」名誉力システムについても、似たような発言をしたな。で、私は名誉力システムは、運用において致命的に失敗したと考えている。というのも、名誉力上昇の基準がマスターごとにあまりに違うようであったからだ。上昇基準が内的に規定されその方針が厳守されていたとしても、プレイヤーに(少なくとも私に)そのように疑われたというだけで十分問題なのだ。そして名誉力システムのもうひとつの弊害は、キャラクターに過度の思い入れがあるのでなければ、キャラクターの死によるダメージ──つまりキャラクターの弱体化という問題が克服されてしまっているため、どうやって死を避けるかということを考慮しなくなるという傾向があった。死が、安易なのだ。もっともドラマチックである死にドラマ性が生まれないのなら、何にドラマを求めればいいのだろう。
だから時念度システムについても、失敗するとしたらどのような可能性があるか考えてしまう。
もっともありがちに思えるのは、マスターが時念度の最適解を決定してしまうということではないだろうか。時念度9であることは非常に大きいリスクを持っているのだが、そのリスクを犯さなければ活躍できない状況設定にしてしまい、しかもリスクについて描写しない。そんなことになれば、プレイヤーの意志決定を増進させるこのシステムは死んでしまう。
例外は希マスターと柳川マスターと推定され、希マスターのもとでは当然のごとく時念度は9に固定され、柳川マスターの講習会シナリオでは時念度は1となるだろう。これはこれで、極めて例外的な状況なので無視する。
スタートブックにもあったように、登場NPCの時念度を低く設定し、怪物との戦いに必要な時念度を高く設定し、同時にNPCと親しくなるために必要な知識の書かれた書物を読むための時念度を高く、怪物との戦いに使用できる書物の時念度を低くしたならば。複数キャラクターで役割分担(ロールプレイ)をしなければ対応できないことになり、交流は推進されるだろう。また葛藤は増幅されるだろう。
他にも素敵な仕掛けはいくつかある。図書委員が選択できないようになっている。政治部と法律部は権力に結びつきやすいが、弱小クラブということになっている。このあたりも、ほどよく悩ませてくれる。
私は敢えて、シナリオ初期情報を読まずにキャラクターを作成することにした。これはいいゲームになり得る作品だ。私は〈識〉ではないがあえてこれまでのネットゲーマーとしての記憶を封印し、時念度を低く保ってプレイしてみよう。
そうだな、政治部と法律部に所属し、将来は裁判官になって弱者を保護したがっている少年、なんてのはどうだろう。なれるものなら政治家だっていいんだが、どうも押しが弱いのでなれるか不安という少年だ。将来の夢を持ちながら、今の自分に悩み、それでも精一杯前向きに頑張っている。
かつてプレイしたキャラクターに、こうゆうのがいた。そうだ、「数えられない物語」のフルカーン・イブン・クワタイラーダ・アル・バルヒーだ。やっとキャラクターの潜在力が見え始めたと思ったころに、ゲームが終了してしまった。このキャラクターで表現したかったことは、まだ汲み尽くしていない。
明日はクレギオン9のキャラクター登録〆切(消印有効)であった。慌ててキャラクター作成。ルポライターということで、昔使っていたキャラクターを引っぱり出してくる。このキャラクター、昔と今とでは私の報道感がまるっきり変わっているため、自ずと別物になる。だから、問題ない。ということで、テレス・レーネードの復活だ。義手義眼というのはサイボーグという設定をそこはかとなく伝えたもので、他意はない。もし他意があるのならば、義眼は超古代技術により世界中のネットワークとつながっているということにしただろう、2400bpsで。
「狂気の方程式3 獣覚醒篇」スタートブックのコピーに行く。一軒目のコピー屋、紙の管理が悪いのかコピー機の手入れが悪いのか、紙が静電気を帯びて両面コピーを取ると紙詰まりを起こしてしまう。もうここは使えないな。しばらく大量コピーを取らない生活を続けていたら、いいコピー機がある店が分からなくなってしまっていた。
二軒目に移動。ここは素晴らしい。今度からここを利用しよう。ついでにバイトの女の子が可愛い。ただし今の私は時念度が低くなっていることを付記しておこう。でもまあ、愛想はいい。対応もいい。
体調が悪くなってきたので、第一次発送は明日とする。
2000年6月13日
「狗狼伝承〜放課後の旅人たち〜」初期情報集を読む。
少し不思議な学園生活を送りたいのだが、それに相当する適当なシナリオが見付からない。かなり不思議だったり、とても派手だったりする。地味なシナリオを好むプレイヤーは少ないだろうし、マスターとしてもおもしろくしにくいだろうから、これはこれで構わない。
最後の最後で、素晴らしいシナリオを発見。問答無用でこれに決定する。
すなわち、柳川シナリオ。「架空言語」「エンガチョ」「クシュカ帝国」に関する公開市民講座だ。キャラクター描写はなく、講座概要と受講者の質疑応答などが示されるだけ。それでも、十年以上もエンガチョ研究を続けている私にはたまらなく魅力的なシナリオだ。少し不思議な学園生活は、想像で補えばいい。
しかし柳川マスターのリアクションが読みたいからこのシナリオに参加する、というのは、茗荷屋マスターにいわせるとゲームの敗北ということになるのかもしれない。私自身がゲーム性の高さを称えたばかりだというのに、困ったものである。
別紙許可で、かつキャラクター描写がない以上、この日記にアクション案やキャラクター紹介を書いても問題ないと判断する。ということで、気が向いたらアクションを公開しよう。おそらく私のアクションは、エンガチョに関する考察に満ちたものになるだろう。それはひとつの読み物としても成立する可能性がある。
「狂気の方程式3 獣覚醒篇」スタートブック発送準備終了。明朝、投函の予定。
2000年6月14日
「狂気の方程式3 獣覚醒篇」スタートブック投函。明日にはほとんどの人に届くだろう。
雪国のぼけぼけっとしたお嬢さんが勘違いしていたのだが、このスタートブックは送金がなくても申し込みがあれば送付する。というか、ドラゴン・オーケストラ会員はともかく、この日記や各地の掲示板で開催を知った人は、私の住所を知らないのだからそもそも送金はできないはずなのだ。ということで、参加希望者は石井文弘まで、住所を明記の上でメールして欲しい。ま、このままなしのつぶてになる見込み人数を考慮しても、ほぼ予定どおりの人数が集まってんだが。
あ、でもでも。フルタイムのマスターより多くのプレイヤーをさばくってのも、恰好いいかもしれない。20名が限度、などと惰弱なことをいうような人が平然とマスターする時代だものなあ。坂マスを見習え、足の爪の垢を煎じて飲め。坂マスはマスター新人時代にすでに350名ほども担当していたぞ。しかも<実在すら疑われている>きざしせんいちグランドマスター(名ばかり)に代わってマスター会議を主催したというではないか。坂マスには無数の問題点があるが(そのうち腹いせにちょいといじめる予定)このあたり見習いたいではないか。
なんでスタートブックの代金を後払いにしたかというと、ひとつはインターネットにおいては住所は非公開にしておきたかったというのがある。もうひとつは申込者全員に住所を連絡するのが面倒だったというものぐさな理由だ。このくらいの金なら取りはぐれても問題にならないし、申込みだけで実際には参加しない人がどの程度の割合で存在するかデータを取りたかったというのもある。
まあよい。このお嬢さんには腹ぺこのときにじゃがたらいもを茹でてもらったという恩義があるので、あとで送付しておこう。
そろそろボーナスが出るらしいので、秋葉原でお買い物。スキャナを購入。前から欲しかったのだ。週末に設定しよう。
ついでにマンガを大量購入。「狗狼伝承〜放課後の旅人たち〜」の参考資料……というか、作中に登場する魔導書だ。魔導書、というと言い過ぎだが、ゲーム中に特別な影響力がある図書として登場する。私の読んだ小原愼司「菫画報」ならば「新聞部の才能が一次的に開花する」云々といった調子だ。一時的な追加技能として扱われる。ただし月に二冊までしか使用できず、また対応時念度が設定されているのでかけ離れた時念度のときには使用できない。
このルールから導かれるミニゲームは、プレイヤーの愛読書をこれらの図書として投稿するということだろう。この設定でこのゲームがなければ、何かが致命的に間違っている。ということで、すでに投稿用のネタを練り始めている。
登録アクションも練りつづけている。これがまた、実に愉しい。アクションを考えていてこれほど心躍るのは久しぶりだ。ただし、かなり長くなることは確定している。柳川マスターなら私が書いたものくらいいと容易きこととばかりに読み終えてくれるだろうが、柳川マスターが途中で放り出さないくらいおもしろいものにしなければならない。通常のアクション作成とは別の意味で、これは心沸き立つチャレンジなのだ。
柳川マスターで思い出した。せっかく秋葉原に行ったのだからということで、DVD「ペリーヌ物語」1、2巻を購入。海賊の柳川シナリオの参考にと思って観たのだが、これが非常に素晴らしく感動的だったのだ。私がはじめて購入した、ロボットものでないDVDだ。ただし実は私の買ったのは偽物で、サイボーグパリカールが変形して新造ペリーヌとともに機械化帝国の首領「おじいちゃん」と闘う、なんて話になっている可能性は皆無ではない。
帰りの電車、大混雑。
美しい人が私に何気なさを装ってぴったりとくっついてくる。まあそれはいい。服装は適度に露出度が高いし、化粧も巧い。全体的に見せ方のセンスがある。これであとは、さりげなく喉仏を隠すスキルを高めてくれればなあ。
2000年6月15日
とある女性の誕生日。
めでたいので秋田に向かって拍手してみる。おめでとう、おめでとう、おめでとう。
「ペリーヌ物語」第一話を観る。このAパートを観て涙を流さない奴は人間じゃない。というか、自分がまだ人間であることの証明としてこの作品を観たということすらできるほどだ。
いい。実にいい。日本語字幕がついているので、聴覚障碍がある人にも勧められる。だができることならば、鶴ひろみの美声に聞き惚れていただきたい。この冴え渡った声には、声優などどーでもいいと思っていた私すら震撼させられた。
新たなるオモチャ発見。あまりにも可愛いので秘密戦隊フラレンジャー呼ばわりして遊んでみる。つうか、攻略サイトを見ても「こみっくパーティー」でふられ続けるというのは、逆の意味での天才としかいいようがない。この人のぼけぼけっぷりに比べたら◆ Needle Wooks ◆-維徳&胡多HP-のボケお嬢さんなど……やっぱこっちの方が上だ、迷惑っぷりが。神子さんは周囲にあまり迷惑をかけないので問題などまるでなし。
久々に晴れたので、昼休みは野球の練習。
そしてのんびりと、仕事。この平和で幸福な日々がいつまでもだらだらと続きますように。本当に大切なものは失ってみてはじめてその価値が分かるというが、本当の価値なんか分からなくてもいいのでこの日々が続いて欲しい。
思うに悲劇とは、二番目に大切なものを追い求めることから生まれるのではないだろうか。もっとも大切なものを当然のものとして、あるいは失ってもかまわないと判断して、二番目以下のものを求める。それは指を失うのを恐れて背中を失うようなものだ。
適当に切り上げて帰宅。
ぽよよんとした気分を増幅させるべく、銀だこを食べに行く。ああ、幸せ。4人の女学生が、ふた舟のたこ焼きを分け合っていた。美しいなあ。聞くともなしに会話を聞いてしまった。
「ねえねえ、みんな来てる? あたし三ヶ月来ないの」
どうやらこのお嬢さん方、メイルゲーマーだったらしい。
古本を買い求めて、帰宅。
鬼頭莫宏「なるたる」5巻まで一気に読む。
騙された。表紙に騙された。タイトルに欺かれた。
かわいい女の子と、変な生き物。そして「なるたる」という意味不明なタイトル。これに騙された。売れ線狙いで頭の悪い作品かと思ってしまっていた。
予断であった。これはすごい。おもしろい。読みながら「寄生獣」を連想した。まったく別の作品なのにどうして連想したのか、途中で気付いた。どちらも「アフタヌーン」連載だ。ちなみにタイトルは「骸なる星珠たる子」から漢字を抜いたもの。このタイトルのセンスだけでも尋常ではない。
ということで、時念度を4まで上げて読む。
異界生命/道具が発見される。万物の始源、命の始まり、変幻自在、両性具有、無意識、混沌、円環……これからイメージから「竜」と呼ばれるに至った存在だ。アメリカはすでに少なくとも三体把握している。ある事故によりこの存在を察知した日本は、これを調査するべく軍部上層部を巻き込んで委員会を設立する。
一方、竜と接触した当事者。
田舎に帰り、海中で「竜」と接触したシイナは、溺れかけたところを竜に助けられる。竜は無言で、シイナに付き従うようになる。シイナは小学生らしい感性から、海星に似た竜を「ホシ丸」と名付ける。
飛行機で島を離れたシイナは、竜「イカツチ」の攻撃を受ける。乙姫の介在により墜落は免れたが、次にシイナの父が飛行中に襲撃される。そして委員会の調査が開始される。シイナは知らない。委員のひとりが、自分の母であることを。そして母もまた、シイナの秘密を知らないのだった。
竜により世界改革を企てる少年たちは、ついに自衛隊と戦うことになる。シイナたちを巻き込んだ戦いは竜の毒ガス攻撃により多量の犠牲者を出すに至る。そしてこの事件は、自衛隊によるクーデタ未遂として処理される……
5巻現在、竜がいつから存在するのか、何のために存在するのか、その手掛かりすら与えられない。おそらくは伝説上の竜とは、これらの存在についておぼろげに語ったのだろうと示唆されるだけだ。これは、当たりだ。
ちなみにシイナはスポーツチャンバラ部に所属。「狗狼伝承〜放課後の旅人たち〜」にスポーツチャンバラ部が設定されているのは、この影響ではないかと推測する。あとシイナのセンスが素敵。みんな竜に「パロロコング」「レヴィヤタン」「アナト」「ハイヌウェレ」「アマポーラ」など恰好いい名前をつけている。明に至っては「エン・ソフ」神に見出された神、万物の始源だ。なのに「ホシ丸」。形が星形というだけで、「ホシ丸」。いいなあ。
小川幸辰「エンブリヲ」2巻まで。ムシムシ大行進。イモムシウジムシが嫌いな人は読まない方がいい。私はどうせ死ぬなら奈落より現れる大蛆虫キャテルペリウスに内臓をゆっくりと啜り取られたいと思っているので大丈夫だ。そんな話。これはこれで傑作。一種の進化の話なので、私好みでもある。
私が嫌いな進化は、単一化平坦化への進化だ。それは停滞を意味する。神は多様なるものを望みたまう。多様に、多様に、無限の可能性へと花開く進化こそ美しい。もちろんアリオッチ神たちの望む渾沌は、当初こそ多様性を可能にするかに見えて、単なる無秩序へと移行するので法と同様な停滞が待ち受けている。有限であるがゆえに無限への道が残されている。
そうそう。須藤真澄「観光王国」はアスペクトから再刊されている。
再び時念度を1に戻す。時念度が最強に低まった私は無敵だ。ということで、平和に「ペリーヌ物語」を観るのであった。ああ、幸せ。
2000年6月16日
急な仕事が入って、野球の練習中止。
代わりにスポーツクラブの会員権を借りる。明日にでもトレーニングしてこよう。
昨夜、詩は素晴らしいという話を妹とした。いくつかの詩を暗唱しあうという遊びをした影響が出て、つい「たゆたうドングリ たゆたうシマリス」などを口ずさんでしまう。
適当に切り上げて、帰宅。
「狗狼伝承〜放課後の旅人たち〜」のアクション資料として、とある危険図書を読まなければならなくなる。いきなり読むと危険なので、時念度を5まで上げて小原愼司「菫画報」4巻を読む。
フヒハヒフハ。時念度が最高に中間値となった私は無敵だ。この不思議時空、愉快じゃないか。この不思議っぷりは読んでもらうのが一番いいのだが、困ったことに紀伊国屋書店にすら置いていないという有様であった。まんがの森にはあったので、読みたい人はとっとと本屋さんに急ぐがよい。窓からぴゅーんとか飛び出して。
そして時念度を9まで上げて、二冊一組の危険図書を読む。時念度が最狂に高まった私は無敵だ。すなわちいつでも無敵。
タイトルを挙げてもいいのだが、こんな愉快痛烈な本をあっさりバラしてしまうのは勿体ない。用語集の特別項目、つまり時念度がある値以上でないとアクションに使用できず、また慎重に扱わなければならない単語なしでは語れない内容、というヒントを出しておこう。呉智英先生推薦図書。
読み終えて、中央アジアについて確認。
ぎゃふん。インドって、中央アジアじゃないじゃん。……まあ、いいや。
中川パパより電話。いろいろと策謀する。
メールチェック。
うわ。手賀沼さんからだ。インターネット環境を整えた、とのこと。海賊王女の途中でこうしていれば……もっとおもしろいことになっていたのに。でまあ、初メールとのこと。
ファイナルイベントのあと、文京プライベにも参加の予定でいたのだそうだ。しかし伊豆平成1号さんのことがあったため、『ながいけん閣下の「これ、何て料理なんですか」「北野君」「ブゥ!」くらいの衝撃』を受けてパニック状態だったのこと。そりゃあ、なあ。
ともかく連絡が取りやすくなったのは嬉しい。これまではプライベで会うか、物理メールか、だったものなあ。私はファクシミリを使わないし、電話もあまり好まない。こうゆう愉快で優れたプレイヤーとの交流は、大切にしたいではないか。
2000年6月17日
高熱と喉の痛み。
昨日の午後あたりから、膏肓のあたりがむず痒かった。きっとそのせいだろう。あるいは時念度の急激な変化に肉体がついてこられなかったのか。
しかたがないので、眠って過ごす。
偉大なゲームが一ターン、プレイされた夢を見た。
なんとか熱が下がり、パソコンを起動。
ぎゃふん。
パソコン、壊れた。どーしよー。
2000年6月18日
ノートパソコンを引っぱり出して、「狗狼伝承〜放課後の旅人たち〜」のアクション作成。頑張って、別紙は4枚に抑える。それでも送料は90円になってしまった。
朦朧としていたので、分からないところが出てくる。仕方がないのでミハイルくんに電話。
「アンケートって、どこにあるの?」
「いいところに気付いたね。というか、どーでもいいところに。ないよ」
「じゃ、クラスってどこに書いてある?」
「だからねえっての。いやがらせで蓬莱のクラスでも書いてやれば?」
しばらく、時念度の極端に違うものどおしの会話をする。
小川幸辰「エンブリヲ」の話になる。まだ入手できるのかといわれたので、古書店で全3巻のうち2巻まで入手した、と答える。アフタヌーンの作品は、読み始めると二度と戻れなくなるほどおもしろいのだが、入手しにくいのが問題だ。もしかしたら、イデアとしての同人誌なのかもしれない。
「水質調査の話があるじゃん。で、「エンブリヲ」を読んでおくと水質調査系の技能が一時的に身に付くわけだろ。だとすると頭のいいキドリのプレイヤーはこぞって時念度を5にして「エンブリヲ」を読むことにするだろう。俺が竹本みかんマスターならNPCの時念度を2くらいにしておいて仲良くできないようにしつつ、敵の時念度は8くらいに設定して5では対応できないようにするね」
「アンタなあ。そのあたりの遊び方、海賊のときにもさんざんやって、でもってマスターの教育不足で無惨にこけただろ」
「だから俺は、今からマスターを教育してんだよ」
「その程度で教育されるマスターなら、海賊はおもしろくなっていたよ」
だから今も昔もこのモランはいうのだ。もっとマスタリング技術を磨いてからマスターになれ、と。この俺が満足して打ちのめせるほどにな。
などといいつつ、私もすでに同人マスターの仲間入りをしているので、あまりデカい口を叩くと心に作った棚が崩壊してしまうかもしれない。よし、もっとデカいことをいおう。俺に出来たのに、どうしてお前らにはできないのか、と。
Gataway2000の電話サポートに問い合わせ。何度かかけ直して、やっとつながった。状態を告げると、おそらくBIOSが破損してるので初期化する必要があるとのこと。で、いわれたとおりにやってみる。親切な対応だなあ。
巧く行かない。しかし電話が繋がらないので、メールサポートによることにする。こんなこともあろうかと、私はゴールド会員になっていたのだ。金は使えるときに使っておくものだ。
さて。
「狂気の方程式3 獣覚醒篇」スタートブックがまだ届かない人がいるらしい。6月15日以降申込み分については未発送だが、それ以前の申込者に対してはすでに発送している。届いていないという人は、念のためご連絡を。
それにしても、とっととメインマシンを復旧させないとなあ。いろいろなデータが突っ込んであるので、バックアップは万全なのだが、使えないと困るのだ。しばらくのあいだなら、以前に使用していたノートパソコンでも十分に間に合うのだけれど。文書作成に特化した使用法だと、こうゆうときに融通が効くのでよい。
熱はほぼ下がったので、久々に「スーパーロボット大戦α」をプレイ。マクロスはどうでもいいのでどうでもいい。ということで、やる気が失せていた。風邪のせいか、愉快なイベントが発生し続ける。
特に素晴らしいのが、甲と碇の殴り合いだ。些細なことからケンカになり、夕陽をバックに(マクロスの中なのに)原っぱで殴り合い。顔をぼこぼこに腫らして、そして二人でがっちり握手。素晴らしい。
「やるな、碇」
「お前もな、甲。今日から俺たち、親友だぜ」
おお、燃える燃える。これだよ、私が見たかったのはこれなんだ。
あとガトーがアーマードバルキリーを奪って逃走、というエピソードも愉快だ。反応弾でソロモンの悪夢再び、だ。
直った。
悪さをしているアプリケーションがあったようだ。削除したら、あっさり直った。Gataway2000さん、迅速な対応をありがとう。
ただしUSB接続のハードディスク(バックアップ専用)を認識しなくなるという不具合発生。致命的なものではないが、これについても問い合わせをしておこう。
2000年6月19日
頑張ったら直った。ビバ俺。
休暇を取って、寝て過ごす。
父が物置の整理をしていた。しまっておいた本が出てきたので、必要なものだけ保護する。
ゲームブック『ザナドゥ』が出てきた。ユニコーン・ゲームブック『魔王の地下迷宮』『ファイアーロードの砦』といっしょに出てきたというあたり、私がどう評価していたのかよく分かるというものだ。これがヤフー・オークションで10万円ねえ。
でも家族に価値を分からせるにはいいネタなので、活用させてもらう。
「狂気の方程式3 獣覚醒篇」スタートブック第二刷作成。第一刷との違いは、あまりない。明朝、15日以降申込者と郵便事故らしい人に送付する予定。
はじめて「アフタヌーン」を読む。はじめて「ガロ」を読んだとき……を薄めたような感じだ。おもしろいしすごいのだが、訳が分かる。「ガロ」はすごくて訳が分からなかった。でもって、私の目から見ると、大半がダメだった。「アフタヌーン」は、好みの問題を無視すれば、商品価値が高い。商品価値が高い方が衝撃が薄いってのも、へんな話だ。
曲直瀬さんからのメールではじめて気がついた。P.A.S.「ネスパ」6月号13ページのイラスト。スバルツ・ダイコクとモートリー・ヘップバーンのようだ。一日眠っていても、ネタが向こうからやってくる。ビバ私。
2000年6月20日
手賀沼さんからメール。
って、もう海賊王女は終わったんだからいつまでも手賀沼さんと呼ぶのもヘンだな。
ともかく、さくさく返事を書く。相変わらず啓発されるなあ。
仕事。病み上がりなので適当に切り上げる。
手賀沼さんからのメールで言及されていた2冊の本、昨日サルベージしたなかに含まれていた。シンクロニシティだ。
中島敦『山月記・弟子』は高校のときの国語表現のテキストだった。特に「山月記」は孤立しがちなオタクは必読だ。そう思って以前、第一世代のオタクに勧めたことがある。こいつ、膨大な知識を持ちながら、人と交わることを嫌ってそれをまるで活かしていない。そろそろ不惑だってのに無位無冠ってのは問題がありすぎるぞ。そう思ったのだが……この野郎、「山月記」を単なる文学として読み解きやがった。もう、知らん。
山田正紀『襲撃のメロディ』は『神狩り』以前に書かれた作品で、だから技術的にはかなり未熟。デビューが25歳のときだったはずだから、今の私より若かったということになる。だからということではないが、なんとも若い。稚気、といってしまっては失礼だが、そんなものを感じる。だからといって私がこれだけのものを書けるかというと、そんなことはないのだが。
『神狩り』。しまった。忘れていた。柳川シナリオへのアクションとして、古代文字のことを書こうと思っていたのだった。バカ莫迦馬鹿オレのバカ。しかもランガーのことも書き忘れた。しょんぼり。
再び手賀沼さんからの指摘に思いを馳せる。
もしかしたら、私はみやかわさんのいう「二つの戦略」以外の方法を見つけたのかもしれない。そんなことに思い至る。
行政法の理論に、裁量権のゼロ収縮というのがある。行政の財源は税金であるので、何かをするかどうかは政治的な判断に委ねられる。橋を造ってくれとか、隣の犬がうるさいとか、陳情苦情にいちいち対応していたら財源がいくらあっても足りない。だから裁量権が認められるのだが、それをなさないことによって重大な被害が発生すると考えられるとき、裁量権はなくなる。なさなければならなくなる。これが裁量権のゼロ収縮だ。
適切な比喩ではないだろうが、仮に収束戦略を緊縮財政、拡散政策をバラマキ財政とするならば、私の想定した戦略はゼロ収縮論に基づくものではないだろうか。まあ緊縮財政だのバラマキ財政だという表現そのものに、否定的なイメージがつきまとうのだが。
つまり私の戦略は、キャラクターの個人的な行動を、それが全体に意味のあるものでない限り、そもそも取ることがないようにする、というものだ。これは「星空までは何マイル?」にて採用されたスタイルで、ただ同人であそこまで徹底してしまうとプレイヤーとしてもマスターとしてもやりにくいので、ある程度まで妥協する。これが成功するかどうかは、実験中なので分からないとしかいえない。まあ、今の商業ゲームでは、考慮されることすらないだろう。ゲームデザインから自分でできたので実行できたが、そうでなければ私だってやろうとは思わなかった。
「パタリロ!」70巻。再び魔界篇だ。やっほう。
そしてパタリロ六世は、天国で地獄を味わっていると見た。そうゆう落語があるのだ。
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